大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

浦和地方裁判所 昭和62年(ワ)662号 判決 1991年1月22日

原告(反訴被告)

加藤富美江

被告(反訴原告)

宮崎次友

主文

一  昭和六一年一一月二六日午後二時三〇分ころ、埼玉県北足立郡伊奈町寿三丁目一四五番地先路上で被告運転の普通貨物自動車に原告運転の普通乗用自動車が追突した事故につき原告の被告に対する損害賠償債務は一九九万二九六五円を超えては存在しないことを確認する。

二  原告は被告に対し一九九万二九六五円及びこれに対する昭和六一年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の本訴請求及び被告の反訴請求中、いずれもその余の部分を棄却する。

四  訴訟費用は本訴、反訴を通じてこれを八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決は第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 昭和六一年一一月二六日午後二時三〇分ころ、埼玉県北足立郡伊奈町寿三丁目一四五番地先路上で被告運転の普通貨物自動車(以下「被告車」という。)に原告運転の普通乗用自動車(以下「原告車」という。)が追突した事故(以下「本件事故」という。)につき原告の被告に対する損害賠償義務は存在しないことを確認する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 原告は被告に対し二三〇万六〇〇四円及びこれに対する昭和六一年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

3 仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴関係)

一  請求原因

1 本件事故は信号待ちのために停止していた被告車に、後方一メートルのところに同じく信号待ちしていた原告車が動き出し、追突したものであり、その原因は停止中、原告がうつかりブレーキペダルから足を離したことにある。

2 右追突の際の衝撃は極めて軽度のものであつて、傷害など受けるほどのものではないのに、被告は、傷害を受けたとして、原告に対し損害賠償を求めている。

よつて、原告は被告に対し、本件事故につき原告の被告に対する損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、本件事故が発生したことは認めるが、その態様及び原因は否認する。

2 同2の事実は被告が原告に対し損害賠償を求めていることを除いて否認する。

(反訴関係)

一  請求原因

1 本件事故は被告車の後部に原告車が激突したものであり、そのため被告は頸椎稔挫及び腰部挫傷の傷害を負つた。

2 本件事故の原因は原告が原告車を運転中、前方注視を怠つたことにあるのであるから、原告は被告に対し被告が被つた損害を賠償すべきである。

3 本件事故のために被告が被つた損害は次のとおりである。

(一) 治療費

前記傷害のため被告は伊奈中央病院に、昭和六一年一一月二八日から同年一二月二日までの間に二日通院、同月三日から二九日までの間二七日入院、昭和六二年一月五日から同年二月二日までの間二九日入院、同月三日から同年三月一六日までの間に九日通院し、治療を受けた。それに要した費用は六九万八五一九円である。

(二) 休業損害

前記のとおり、原告は傷害の治療のため入院五六日、通院一一日、計六七日の入、通院を余儀なくされ、仕事を休まなければならなかつた。当時の原告の一日平均の収入は一万三四五五円であるから、原告は右六七日分、計九〇万一四八五円の得べかりし収入を失つた。

(三) 入院雑費

一日一〇〇〇円として、五六日の入院に要した雑費は五万六〇〇〇円である。

(四) 慰謝料

前記傷害のため原告が被つた精神的苦痛に対する慰謝料は六五万円とするのが相当である。

よつて、被告は原告に対し、以上の損害合計二三〇万六〇〇四円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年一一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 本件事故発生の事実は認めるが、その余は否認する。

前記のとおり、本件事故は、信号待ちのため停止中、原告がうつかり原告車のブレーキペダルから足を離したために発生したものであり、衝突の際の衝撃の程度が極めて軽度なものであつたことからして、原告が傷害を受けたとは考えられない。

2 同2及び3の主張は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の「書証目録」及び「証人等目録」記載のとおりである。

理由

一  本件事故発生の事実は当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第二号証、原告、被告の各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は信号機が設置されているT字型交差点の手前であること、被告は、被告車を運転して、東方の埼玉県上尾市方面から西方の同県白岡町方面へ向つて進行し、右交差点に差しかかつたところ、信号機の表示が停止(赤)信号であつたので、先行の二両の車両に続いて交差点の手前で停止したこと、原告は、原告車を運転して、被告車に続いて同一方面に向つて進行中、信号機の表示に従い、交差点の手前で被告車のあとに二メートルほどの間隔をおいて一旦停止したのであるが、助手席に同乗させていた三歳の長男が床に玩具を落したので、これを拾い上げようとして、身体を左方へ傾けた際、ブレーキペダルを押していた右足をペダルから離してしまつたこと、そのため原告車は、はじめはゆつくりと、それから少し速くなつて、前方に停止していた被告車の右後部に衝突したこと、この事故で双方の車両に生じた損傷は、被告車については後部バンパーの左側の熔接部が外れ、バンパーが垂れ下がつた状態となり、原告車については前部のバンパーにゴムで擦つたような黒い線がついた程度であつたことが認められる。このような本件事故の態様及び原告車、被告車双方に生じた損傷の程度からすれば、右被告車に対する原告車による衝突はさほど強度なものではなかつたことは推認するに難くないところである。

しかしながら、この衝突の際に受けた衝撃の程度について、被告は、その本人尋問において、衝突の際、被告車は五〇メートルほど動き、被告の身体はハンドルの方に曲り、そのあと、後に戻つた、と述べ、衝撃がかなりのものであつた旨の供述をしているのであり、この供述部分には被告本人の供述内容全体を通してみて、誇張があるとも認められない。被告本人尋問の結果によれば、被告は、事故直後には身体に異常を感じず、そのまま、被告車の運転を継続したが、しばらくして、頭重感を覚え、吐気を催したので、途中で運転を中止し、一〇分間ほど休息したこと、そして、事故後、三時間ほどして帰宅してからも頭重感が去らず、気分も優れなかつたので、翌日は自宅で休養したが、症状に改善がみられなかつたため事故の二日後である昭和六一年一一月二八日、伊奈中央病院を訪れ、医師の診察を受けることになつたことが認められる。いずれも、成立に争いのない甲第四、第五号証、証人佐藤通夫の証言とこれにより真正に成立したと認められる乙第二号証によれば、医師の診察の結果、被告の身体に生じた異常は頸椎稔挫及び腰部挫傷と診断されたこと、この頸椎稔挫は必ずしも強い衝撃を受けた場合にのみ生ずるものではなく、衝撃を受けた際の身体のおかれていた状態、例えば、頸部が右若しくは左に曲げられてる状態の下においては、軽度の衝撃が加えられただけでも頸椎稔挫が発症する可能性があることが認められ、以上の事実を総合すると、本件事故後、被告について生じた頸椎稔挫及び腰部挫傷の傷害は本件事故によつて生じたと認めるのが相当である。証人津田征郎の証言とこれにより真正に成立したと認められる甲第六号証の同証人作成の鑑定書、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第一号証、第三号証の林洋作成の鑑定書によれば、右各鑑定は、本件事故の際、被告車に生じた衝撃加速度を〇・一七Gと推定し、その程度の衝撃では頸椎稔挫が生ずることはありえないと結論づけるのであるが、右鑑定においては、その基礎となつた事実関係を確定するための資料は主として原告の供述によつているのであつて、被告の側からの資料の蒐集、検討が必ずしも十分にされているとは認めがたく、右各鑑定の結果は前認定判断を覆すには足りないといわなければならない。

そうすると、本件事故は、原告が原告車を信号待ちのため一時停止している間に不用意にブレーキペダルから足を離してしまうという過失によつて生じたのであるから、原告は被告に対し本件事故によつて生じた損害を賠償すべきである。

三  そこで、右損害について検討する。

1  治療費

証人佐藤通夫の証言といずれもこれにより真正に成立したと認められる乙第三、第四号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、前記傷害のため埼玉県北足立郡伊奈町にある伊奈中央病院に、(1)昭和六一年一一月二八日から同年一二月三一日までの間に三〇日入院し、四日通院したところ、その間に要した治療費は六三万五四八〇円であること、(2)さらに、昭和六二年一月一日から同年三月一六日までの間に三三日入院し、七日通院したところ、その間に要した治療費は六万八〇三九円であること、ただし、右(2)の治療費については、病院側で国民健康保険によつて治療を受けた取り扱いをして、国民健康保険連合会に対してこれを請求し、支払を受けたことが認められる。これによれば、右治療費のうち被告の負担に帰するのは右(1)の六三万五四八〇円であり、したがつて、治療費については、被告はこの金額の限度で損害を被つたとみるのが相当である。

2  休業損害

被告の本人尋問の結果とこれにより真正に成立したと認められる乙第五号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は本件事故当時、埼玉県桶川市にある寿運送有限会社に自動車の運転手として勤務し、本件事故前の昭和六一年六月一日から同年八月三一日までの三か月間(九二日)に計一二三万七九〇一円(一日平均一万三四五五円)の収入を得ていたが、前記入、通院のため少なくとも六七日は仕事を休まなければならず、その日数に相当する収入を得ることができなかつたことが認められる。これによれば、原告が右休業のために失つた得べかりし収入は右一万三四五五円の六七日分、計九〇万一四八五円である。

3  入院雑費

前認定のとおり、被告は伊奈中央病院に計六三日入院したところ、入院に伴う雑費は一日一〇〇〇円とみるのが相当であり、右入院日数のうち被告主張の五六日分の雑費は計五万六〇〇〇円である。

4  慰謝料

前記傷害の部位・程度及びその治療期間、その他本件審理に顕れた諸般の事情を合せ考えると、被告が右傷害のために被つた精神的苦痛に対する慰謝料は四〇万円とするのが相当である。

したがつて、原告は被告に対し以上の損害合計一九九万二九六五円及びこれに対する本件事故の日である昭和六一年一一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきである。そして、原告の被告に対する本件事故に関する損害賠償債務もこの金額を超えては存在しないこととなる。

四  よつて、原告の本訴請求及び被告の反訴請求はいずれも右の限度でこれを認容し、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚一郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例